車の運転は苦手で
特に初めての道はできるだけ
運転したくない。
日本でももちろんだが、
在米中の迷子はつらかった。
もちろんナビなどは付いていなかった頃の話だ。
当時の私の職業では超珍しく
隣町までの出張を命ぜされた。
隣町といっても、コーン畑広がるアメリカのど真ん中。
インターステートという高速で、1時間くらい掛かる。
本当は、ラボメイトに相乗りさせてもらいたかった。
が、早朝からねずみをプールで泳がせる仕事をスキップできず
泣く泣く一人で隣町へ向った。
入念なる事前サーチのおかげで、
なんとか目的の大学へたどりつき
皆と合流できた。
行きはよいよい、帰りはこわい。
昔の人はうまいこと歌ったものだ。
帰りはとにかく高速のインターを目指せばよい、
と気を抜いていたためか
何と乗り口で乗り損ねてしまった!!
のみならず、別のバイパスに乗ってしまったのだ!
ここは、首都高とは違って
一度高速に乗ってしまうと
次の降り口までどえらく遠い。
大げさではなく、本当に号泣した。
あんなに泣きながら運転して
事故にならなくて本当によかった。
不安で心細くて、解決にならないのは
わかっていたけど
仕事中のダンナに携帯で電話した。
何と言われたのかは覚えていないけど
多分大したアドバイスはなかった。
でも、とりあえず声を聞いて安心したので
バイパスを降りて、ガソリンスタンド併設のコンビニへ。
地図を購入して、とりあえずスタート地点に
戻ろうと思った。
ついでに店員のオッサンに
「リンカーンに行きたい」
と道を尋ねてみた。
大学はリンカーンのダウンタウンにあったので
そこにいきたい、というつもりだったが…
オッサンの答えは
「ここはリンカーンだ。」
日本でいうなら、高尾山に居て
23区へ行きたい人が
「東京へ行くには?」
と尋ね、
「ここは東京(都)だ!」
と答えている状況に例えられる。
こっちもパニックの余韻が残っていたので
同じことしか言えず、
オッサンも同じことしか答えず…
レジに列ができ始めたので
あきらめた。
地図と動物的感を頼りに、
なんとか元のインターステートの乗り口まで
たどり着いた頃には陽も傾きかけていた。
ほっとしたのもつかの間…
ポリっ子(我が家語でお巡りさん)が
入り口を封鎖してやがる。
「事故のため通行止め」
オーマイゴット!!
一難去ってまた一難。
インターステート無しで、電灯一つないコーン畑を
どうやって100キロ走って帰れっちゅうねん?!
でも、パニックを起こし尽くしたため
妙に冷静になっていたので、
「もう一回ぶらぶらドライブして戻ってくりゃいいや」
と、一周りしてくると、
さすがに神様も気の毒に思ったのか
何事もなかったように高速に乗れ、
一路家路を急いだ。
陽の高いうちに出発したのに、
既に暗くなっていた。
この経験も甘ったれの私をオトナにするための試練だったんだろうか?
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